おりょーぶろぐ

みなさんが救われる一言を提供します!

発達障害なのか。

自分は発達障害なのかもしれないと思ったのは最近。

24年と8ヶ月生きてきてようやく気づいた。

 

小さい頃から、両親の喧嘩は毎日続いていた。

父親はお酒が大好きだった。

母は真面目な人だった。

 

僕は父親が嫌いだった。父親はいつ怒鳴るかわからなくて、気がついたら父親の機嫌を常に伺う人間になっていた。父親の笑顔を作ることが至上命題だった。

 

幼稚園くらいの頃、僕は食パンにいちごジャムを塗るのが好きだったが、マーガリンを加えるのが嫌だった。しかし父親がマーガリンをつけたら絶対に美味しいからつけろといった。僕は嫌だった。一回試しにつけてみた。やっぱり嫌だった。いちごジャム単体の味が好きだった。マーガリンに邪魔されるのが嫌だった。しかし、僕は父親にこうしゃべっていた。

 

「マーガリンをつけるともっと美味しくなるね」

 

嘘つきだった。でもそこで「僕はいちごジャムだけのほうが好きなんだ」

この一言は、死んでも言えなかった。父親が不機嫌になり、自分に怒号が飛んでくるのが怖かったからだ。

 

母親といると気が楽だった。それは母親が好きだからだと考えていた。しかし、母親は本当は自分のことなど考えていない、心のない人間だった。まるでロボットのような人間だった。「早く寝なさい」「歯磨きをしなさい」「宿題をやりなさい」学校の先生が言うような、小学校低学年の教科書に書いてあるようなことを永遠に繰り返す人だった。冒険をとにかく嫌がる人で、安定が大好きな人間だった。

 

今の僕は母親に似ている。心がないロボットになってしまった。

 

僕は小説を読むのが本当に嫌いだ。

人の気持ちがわからないから。

 

しかし、人がどうしたら怒るのか、何を言われたら気分がいいかはよく知っている。

小学校、中学校、大学とそれだけを武器に、一度も友達をいえるような人を作ることなく、社会人になった。僕は、父親のような強い男に媚を売る人間だった。そのクラスのボス的な存在を見つける嗅覚がするどかった。「ああ、この人に嫌われなければ、このクラスでやっていけるな」そう思った。そして、雑魚キャラだと思うやつはとても優しく振る舞い、自分は悪者ではないんですよ、そう言うふうに振る舞った。心のなかでは人を見下していた。

 

高校時代、友達は一人もいなかった。移動教室のときも一人。さみしかった。

でも好きなこともなく、ただひたすらに勉強と部活にうちこんだ。しかし、自分の思うような結果は得られなかった。

なぜなら、頭の中はつねに人から認められるためにはどうしたらよいか、褒められるためにはどうしたらよいかしか考えていなかったからだ。「勉強を頑張るなら東大」「バスケを頑張るなら全国大会」そういうふうに考えていた。人から文句を言われない成績を取ることが目的だった。承認欲求の塊だった。

 

24歳になって、いま、僕の心は幼児のままだ。

未だに誰かから愛されたいと思っている。

 

自分の好きなことすらわからない。

自分が何を使用にも許可がいる気がする。

自分ひとりで行動することに恐怖を感じる。

電車にのると他人がいる。気にしなければよいが、なんとなく緊張する。

人にちょっとしたことが頼めない。

頭も悪く、会社では無能扱いを受けた。

新卒で入った会社で周りから馬鹿にされて、こんなやついないほうがましだと思われているようで、それに耐えられなくなり、1年と1ヶ月で会社をやめた。

 

大学で、運良く教員免許を取得していたこともあり、

放課後等デイサービスで働くことになった。

 

そこで、発達障害の子どもたちと出会った。

 

今まで、自分の怠惰が原因で仕事ができないと思った。自分の努力不足で、部活でも勉強でも結果が出せないと思った。長文読解が苦手で、本当に一行一行いくら文章を読んでも頭に入ってこない。何を言っているのか全く理解できない。人のはなすことが左から右へさーっと流れていく。ごめんなさいもう一度行ってくださいと言ってもう一回話してもらってもやはり理解できない。

 

自分はクソである。死にたい。生きていても何も楽しいこともない。しかし死ぬ勇気もない。ただ、食べて、無駄な脂肪を体につけて、排泄をして、寝て、起きてまた死にたいと思いながら発達障害の子供に勉強を教えたり、一緒に遊んだりしている。

 

自分を成長させるために勉強をしなくては行けない。このままでは何も変わらない。

 

自分はどうして、こんなに毎日が不安なのか、どうしてこんなにも空虚感が強いのか、どうして友達と他愛ない会話をたのしんでご飯を食べることができないのか、理解できない。普通に生きている人がすごいと思う。

 

高校時代にバカにしていた理想的な父親像。クレヨンしんちゃんにでてくるひろしがどれだけすごい人物なのか思い知らされた。自分がどんなに努力してもあんなにすごい人物にはなれないだろうと思う。

 

僕は、明日、精神科にいく。

自分が発達障害なのか、気分変調性障害なのか、自己愛性人格障害なのか、境界性人格障害なのか、回避性人格障害なのか、うつ病なのか、ただの甘えなのか、わからない。

わからないから、もう専門家に頼るしかない。

今までは両親の愛情不足が原因で頭がおかしくなってしまったと思っていた。

それを確かめにいく。

 

自分は他の人とは違い、どこかで何かが不足している欠陥製品のような感じがする。

みんなが笑うところで笑えない。

部活の最後の大会で負けてみんなが号泣しているところでぼくひとりだけ「はやく帰りたい」と思っていた。

 

こんな最低な人間がこれからどうやって生きていくのか。

自分は何者なのか。

こういうことをブログに書いて、自分可愛そうですよアピールをしているだけなのか、

誰かに「可愛そうだったね」といってほしいだけなのか、

しかし、かわいそうだね、つらかったねと言わるのは腹が立つ。

まるで「わたしにはあなた気持ちがわからないし、そんなことで苦しんでも時間の無駄だ」と言われている気がする。

そう、正論を言われている気がするから腹が立つだろう。

 

あぁ、やめてしまいたい、こんな人生。